石橋巡り
(2006年8月14日)

28.大村藩お船蔵跡
大村市玖島1丁目




1.津町の眼鏡橋 2.飯野の眼鏡橋 3.ひやけ橋 4.ひやけ跨道橋 5.中里橋梁 6.花房橋
7.玉簾橋 8.大音琴橋 9.大瀬戸の眼鏡橋 10.平野の階段橋 11.三原町2号橋 12.山口橋
13.百合野橋 14.旧国道の橋 15.おこ川橋上流の橋 16.四釜橋 17.松尾跨道橋
18.幸仏橋 19.山川内跨道橋 20.山川内橋梁 21.山川内東跨道橋
22.上西山西跨道橋 23.上西山溝橋 24.上西山東跨道橋 25.三反田橋

26.普賢岳 27.清水の棚田 29.虎口門跡 30.玉簾の滝 31.西海大橋



県指定史跡
大村藩お船蔵跡
「この船蔵は、玖島城に附属した施設で、四代藩主大村純長が元禄年間(1688〜1703年頃)に築造したものです。ここには、殿様の使用した御座船をはじめ、藩の船が格納されました。
 江戸時代、船は貴重な交通手段でしたが、領地が海を取り囲む形の大村藩にとっては特に重要な乗物でした。藩主が長崎をはじめ、領内各地に赴く時には、船が多く使われました。このほか、兵員輸送や各種物資の運搬にも使われるなど、大いに活用されました。したがって、船蔵は、藩にとって重要な藩船を格納する場所であり、軍事面の備えのみであんく、交通産業面でも藩を支えた施設でした。
 この船蔵は、もとは外浦小路の入り口にあったことが記録に出ており、元禄年間に板敷浦(現在の場所)に移ったとされています。また、板敷櫓下の発掘調査で船蔵跡が発見されています。
 このお船蔵の後ろ(現在の教育センター付近)には、米蔵や硝煙小屋があり、海を挟んで正面には船役所がありました。
 当時は、風雨を避けるため、石垣の上に柱を建て、屋根で覆っていたと思われ、柱穴の跡が石垣に残っています。旧城郭の一部として古い石組と船渠(ドック)など昔の面影をそのまま残しており、このような船蔵遺構の例は数少なく、海城としての玖島城の特徴をよく表しています。海と密接な関係のあった大村藩の性格を伝える極めて貴重な文化財として県指定史跡となっています。」

平成10年3月
大村市教育委員会


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