1,926
16.桂太郎旧宅橋
2006.07.17



1.内日第一貯水池煉瓦橋 2.濱井橋 3.神上寺無明橋 4.磐石橋 5.三見橋 6.万歳橋 7.楓橋
8.平安橋 9.大照院門前橋 10.大照院墓所前橋 11.南明寺参道橋 12.金谷天満宮太鼓橋
13.金谷天満宮桁橋 14.金谷天満宮奥の橋 15.旧湯川家石橋
17.東光寺瑞雲橋 18.落合の石橋 19.禅昌寺石橋 20.禅昌寺桁橋 21.出の口橋
22.山の口太鼓橋 23.防府天満宮太鼓橋 24.枡築らんかん橋(塩田公園)
25.らんかん橋 26.長浜らんかん橋 27.住吉神社参道橋

28.関門大橋 29.内日第一貯水池 30.神上寺 31.大寧寺 32.萩城跡
33.旧福原家書院 34.萩の町並み 35.毛利家墓所 36.金谷天満宮
37.藍場川 38.伊藤博文旧宅 39.東光寺 40.禅昌寺 41.鹿背隧道




萩市大字川島1区

橋長:3.0m
橋幅:0.9m
石刎橋




市指定史跡
桂太郎旧宅
「桂太郎は1847(弘化4)年に萩市平安古に生まれ、3歳の時にこの川島に移り住んだ。現存する旧宅は、少年時代を過した地に、1909(明治42)年に新築したものである。主屋(床面積69.5u)は派手さを抑え、規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために作られている。藍場川の水を引き込んだ流水式地泉庭園は、建物にやや遅れて造作されたもので、懸石と呼ばれる萩地方独特の石組等に特徴がある。
 桂は藩校明倫館に学び、戊辰戦争では参謀として活躍した。明治維新後は陸軍に入り、1898(明治31)年には陸軍大臣となった。
 1900(明治33)年には現在の拓殖大学を創設し、国際社会で活躍できる人材の育成にも力を注いだ。
1901(明治34)年以来、3度首相を務め、国事多難な時期に手腕を発揮した。
1913(大正2)年に67歳で没した。公爵。」

萩市


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