40.禅昌寺

2006.07.17



1.内日第一貯水池煉瓦橋 2.濱井橋 3.神上寺無明橋 4.磐石橋 5.三見橋 6.万歳橋 7.楓橋
8.平安橋 9.大照院門前橋 10.大照院墓所前橋 11.南明寺参道橋 12.金谷天満宮太鼓橋
13.金谷天満宮桁橋 14.金谷天満宮奥の橋 15.旧湯川家石橋 16.桂太郎旧宅石橋
17.東光寺瑞雲橋 18.落合の石橋 19.禅昌寺石橋 20.禅昌寺桁橋 21.出の口橋
22.山の口太鼓橋 23.防府天満宮太鼓橋 24.枡築らんかん橋(塩田公園)
25.らんかん橋 26.長浜らんかん橋 27.住吉神社参道橋

28.関門大橋 29.内日第一貯水池 30.神上寺 31.大寧寺 32.萩城跡
33.旧福原家書院 34.萩の町並み 35.毛利家墓所 36.金谷天満宮
37.藍場川 38.伊藤博文旧宅 39.東光寺 41.鹿背隧道




山口市下小鯖




山門
「応永3年(1396年)当寺の開創当寺に建立されたものを独住九世門巌禅師の代(1730年)に修造したもので、壮大かつ簡素全国でも珍しい様式である。
 山門上の扁額「亀岳林」は明の高僧心越禅師(徳川光圀公が師事した人)の書である。山門の向って左に聳える山を亀尾峰といい、それにちなんで多くの修行僧のいたこの叢林を亀岳林とよぶ。
 山門丸柱聯の書は「竹密にして流水の過ぐるを妨げず 山高うして豈白雲の飛ぶをさまたげんや」とあり自己への執着を断ちきれば、天地間にさまたげるものは何もないということ。
 参りきて 心澄みゆく禅昌寺 木のま あかるき 玉の水音
(赤松月船)」

亀岳林 法憧山 禅昌寺
「禅昌寺の開創は、室町時代、応永3年(1396)で開山は慶屋定紹禅師、開基は大内義弘公である。
 開創当時は禅昌寺を約80の末寺小庵がとり巻き千人近い修行僧が居て、西の本山西の高野と呼ばれ、一大法城の観を呈していたという。
 大内公が財源としてお寺に3千石の知行を寄進しようと申し出たが、開山禅師は「安定は堕落のもと」と之を固辞して受けず、代りに修行僧が毎年春秋二期、防長二州を托鉢することを申請して特許された。
 それ以後この浄行は幕末までの五百年間続き、広く防長二州の大衆と深くつながり、その力に支えられこのお寺は維持されて来たのである。
 その歴史は、今日に至るも毎年行われる開山忌(7月18・19・20日)における宗旨を越えての多くの参詣者に伝承されている。」


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